クリーン・ランゲージとシンボリック・モデリング

クリーン・ランゲージを使ったシンボリック・モデリングの面白さを紹介します。

依存からの自立ですか?

依存と自立のシーソー

 

依存自立を対局に置くと、ちょうどそれはシーソーに乗っかっているようなものです。一方が重くなると、もう一方が軽くなる。でも、それらが対局にある限り、バランスを取ろうとすることにもエネルギーがいる。ちょっと気を許すとどちらかに偏る。いずれにしても、そこには緊張が作り出されることになります。

 

反依存という状態が作り出されるのは、その緊張ゆえにではないかと、自分自身を振り返ったときに、そう思ったのです。

 

だから私は依存自立を対局に置く考え方には反対です。依存からの自立などというコンセプトは、はっきり言って、非現実的です。依存しないぞと言った途端にその人は反依存のスタンスを取っているんです。そして、それは真の自立とは何マイルもかけ離れているのに、いかにも自立に見えてしまうから、実は依存よりも厄介です。

 

「私ってすぐ男性に依存したくなるのよね」って言ってるくらいのほうがまだ可愛いっていうか。。。救いがあると思います。

 

「男になんか頼らないわ!」って言う女性って、緊張バイブそのものでしょ?

 

私自身「男に頼っちゃダメ」というのを間接的に教えられて来て、自分が本気で恋愛に飛び込めないのがそのせいだって気がつくまでに、何年もかかりました。間接的に、というのは、母も祖母も4〜50代で未亡人になっているので、彼女たちの体験的理解として「男に頼ってたら先がどうなるかわからん」って言うのがあったと思うわけです。

 

事実、私は男性に依存するなんてこれっぽっちも考えたことがないし、何度か「一生面倒見るよ」って言われたこともあったのですが、そう言われる方が居心地悪くって、「明日のことなどわかるもんか」「風の吹くまま気の向くまま」系の男たちと過ごして来たので、自分では完璧に自立していると思い込んでいたんです。

 

でも、ほんとうに自立したのは、何年もかけて瞑想を深めたことから起きたことです。

 

はい、ずばり瞑想です

 

独り在ること」の空間を体験して、そのことに信頼を見い出せて、私は存在と一つであり、存在の一部だということを、観念や理想や思い込みやいっちゃった感じエトセトラで理解したのではなく、真に得たからです。

 

なので、依存傾向にある、あるいはそういうレッテルを貼られたか自分で貼ったかは別にして自分は依存症だと言う人依存しちゃうのよね、の人も、ほんとうに自立したいのなら、ひとまず依存を脇によけて、自立とだけ付き合うことだと思います。

 

私が長年瞑想リーダーとして人びとにオファーして来たこと、それは日々の瞑想です。こうやって文字にすると笑みがこぼれるんですが、「石の上にも三年」という言葉通り、瞑想は根気良く続けることが唯一求められることなんです。私は技法を教えます。でも、それをやるかどうかのとき、あなたの決心がないと、無理です。瞑想は「する」ものではなく「起こる」ものです。技法はその手助け、橋渡し、、、そして、それが「起こる」ためには「する」は必要なわけで、、、でも、ただ「する」に専念すれば、その恩恵はかならず「起こる」のです。

 

さて、まとめて言うと、私はここで「依存を治す」と言っているのでもなく、それを克服するとか、何とかするとか言っているのではなく、ただ脇によけてね、と言っています。

 

その上で、ただ「自立」に焦点を合わせることを提案しているのです。自立=自己の確立のためには自分を見つめる必要があります。瞑想はその手助けとなるもの。そして、確実にそこにみちびくもの。なぜなら瞑想は外側からやってくるものではなく、あなたの内側の旅だからです。

 

このことがわかったら、無意識の心が変わるについても自然にわかってくるはずなんだよね。そして、もしそのテイストを知りたいと思う方は以下を読んでください。

 

クリーン・ランゲージとシンボリック・モデリング

 

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