クリーン・ランゲージとシンボリック・モデリング

クリーン・ランゲージを使ったシンボリック・モデリングの面白さを紹介します。

メタファーの次元で起きること

 ええ、それはまさに「起きる」ことなのですが、メタファーやシンボルからエマージ(出現する)情報は、ちょっとした不思議体験だと言えるでしょう。

 

 たとえば「忙しい日々」が何のようか? と問われたとき、「隙間のない時間の連続体のようだ」と答えたとします。

 

 通常はそこで「そんなに忙しくって大丈夫なの?」とか「たまには休んだら?」という提案をしたり、「そんなに一生懸命仕事していたら病気するよ」などと勝手な判断を持ち込んだりします。

 

 クリーン・ランゲージのクリーンな問いは、メタファーの次元で働きかけます。つまりその人が言ったことを文字通りに受け取り、「その隙間のない時間の連続体のとき、あなたは何が起きればいいのか?」と問うのです。

 

 この時、一つは「起きて欲しいこと」の方向に意識が向くということがあります。2つ目に、メタファーとして知覚されている「隙間がない(時間の)連続体」に何かの変化が起こりうるのだろうか? というところに注意が向かうことになるのです。

 

 「隙間がない」という情報は一つ重要な要素ですが、同時に、「時間の連続体」という言葉が「体」という言葉を含んでいるので、何らかの形を示していそうな感じもあります。

 

 私たちクリーン・ファシリテーターは、こんなふうに一つ一つのメタファー的表現をキャッチし、その人がたった今体験しているらしい状況をつかんで、それに沿ってメタファー的な内側の景観を追っていくという作業をします。

 

 「クリーンランゲージ入門」なんて本を読んだだけでは、「クリーン・ランゲージは、ただ問いを投げかけていれば何とかなる」という印象を持たれる方も少なくないようですが、「介入のない手法」と言われるのは実のところ「介入する暇がないほど他にやるべきことがいっぱいある」からでもあります。

 

 そして私なんぞは、ワークの中心に置かれているものが、クライアントでもなく、もちろんファシリテーターでもない、メタファーからの情報であるというユニークな手法に、心から惚れ込んでいるんです。

 

 以前にも書いたのですが、私は物心ついたころからシンボルに異常な興味を持っていました。なので、村上龍氏言うところの「世界はメタファーでできている」という認識を持ってきたのだと思います。

 

 そして、そのような世界観を持つことは<人間らしい認識力>を育てると確信しています。クリーン・ランゲージを手元に置いているのはそんな理由からでもあります。